坂中 英徳
入管戦記―「在日」差別、「日系人」問題、外国人犯罪と、日本の近未来
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人気ランキング : 15331位
定価 : ¥ 1,680
販売元 : 講談社
発売日 : 2005-03 |
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「熱意」の感じられない不思議な日本の近未来論 |
著者は現在退官しているが、本書が出た05年当時は東京入国管理局長で、75年に「在日問題」を「帰化」で解決すべき、という「坂中論文」で有名な人。本書はそんな著者が現在の入管行政、外国人問題を踏まえて、将来日本が迎えるであろう「少子化対策」について外国人移民の点から提言を行ったものである。現状を維持するために移民2000万を迎える「人口1億2000万の大きな日本」と外国人入国を制限した「人口1億の小さな日本」という二つのモデルケースについて考察も加えている。著者の意向は「大きな日本」であるが、勿論日本人の「排他性」についても無視はしておらず、楽観的な主張で「ごまかし」てはない。しかし、本書に一貫して感じられる著者の「思い入れ」はどういうわけだか、「熱く」響いてはこない。それはどうやら、おそらく著者が「日本という国の成り立ち」を深く言及するのを避けた為だと思われる。本書に限らず、数多の書籍、論評で「日本の外国人共生問題解決提言」が空転してしまうのは、単に日本人の「排他性」を外国におけるマジョリティとマイノリティの「権利平等問題」に「矮小化」して語られてしまうからである。日本人にとって「日本民族」とはマイノリティに対して単なる「権利その他、社会構造上」の上位概念ではなく、「2000年の歴史を抱えた皇室をもつ世界類まれなる崇高なもの」なのだ。この概念を「解体」できずして、外国人との共生を目指す「大きな日本」を行政が指導したところで「日本人の琴線」には響きようがないのである。また、多くの日本人にとって、この「崇高な民族」をリベラルや民主主義等の「舶来思想」などで解体する気がない事は、日本が抱える今日的な問題を俯瞰できれば、自明であろう。著者も日本人である。著者が提言する「大きな日本」に著者も「あこがれ」ていないのではないか。そんなすきま風が行間から吹いているような気がする。それがまた本書の「熱」をさらに冷ましているのだろう。残念ながら本書では、著者は見えず、だ。とは言っても、官僚としては「立つ位置」の「あいまいさ」は「正論」なのかもしれない。
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画竜点睛を欠く我田引水の著作 |
著者は実務畑の人だから、物事をどうも制度で語る嫌いがある。著者が「日本人を拉致し、日本を主たる目標とする核兵器の開発を進める国の支援者や協力者に対してまでも、日本人は寛容であるはずはない」(P.195)と言うとき、それは総連のことを頭に置いているのであろうが、そうなると、総連が経営に加担する朝鮮学校の生徒や父兄をも場合によっては含むことになる。著者の理屈では、もし日朝関係がいよいよこじれ、それによって朝鮮学校の関係者が差別(もしくは処罰)されても、それは彼らの責任であると言っているに等しい。こういう考え方こそが、差別・排他性を助長する。それから、著者は「自らの民族と文化に誇りを持たない国民は、異なる民族と文化に寛容であるはずがない」(P.249)という。「中国人は犯罪者のDNAを持つ」とか「日本は一民族、一言語の国家」などということを公言して憚らない人物が、現職の都知事や外務大臣であるこの国は、なるほど他者に寛容な「素晴らしい国」である。著者は、表向き進歩的であるように見えて、その根底に極めて閉鎖的な心性を持っている。で、そのことに気が付いておられない。
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「小さくて美しい日本」を目指す著者の退官記念 |
ここ数年の間に、入管は外国人排斥の方向に大きく舵を切った。送還拒否者の意識を薬物で奪った上での強制送還、布団で簀巻きにして無理矢理航空機に乗せる、といった人権侵害が横行し、収容施設内での暴力は日常化している。国連から難民と認定されたトルコ人を(難民条約に反して)強制送還したことは国際的非難を浴びた。こうした暴力的入管政策を推進した坂中氏が、退官を機に著したのが本書である。当然と言うべきか、闇の部分への言及は皆無であり、自己正当化に終始している。
本書の内容は、1970年代の「坂中論文」に端を発する在日韓国・朝鮮人問題についての提言、最近の外国人「不法」労働者排除政策の正当化、の2つの部分からなる。在日韓国人問題に関し、その法的地位を高めるべきとする提言は(特に70年代には)画期的であり、ポジティブな評価を与えるべきであろう。当時はむしろ開明的でさえあった著者が、何故その後人種的純血主義に転じ、暴力的入管政策に傾いていったのかは謎である。
本書で最も虚偽に満ちているのが、フィリピン人の興業ビザに関する部分である。著者は10年以上前からフィリピン人エンターテイナーの排除に執念を燃やし、最近、省令改正(事実上の入国阻止)を実現した。フィリピンパブでは売春が横行している、と述べているくだりは全く事実に反し、真摯に働く多くのフィリピン人を傷つけるものだ。フィリピン人を思いやった結果だと言うが、それなら入管でエンターテイナー達が受けた暴力的扱いは何なのだろうか?(私は、強制送還された人達への調査を行ったことがある。)入国を阻止されたフィリピン人と家族を待ち受ける辛酸を考えると、著者の罪は大きい。
闇に包まれ、外部の査察を拒み続ける入管という組織、その中で著者が果たした役割とその影響について、事実にもとづく客観的な調査、分析が行われることを期待したい。
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入管政策の第一人者の偉大な業績と、今後の課題 |
本書は、著者の、入管職員として長年日本の外国人問題の現場での経験をまとめたものである。副題が示すように、外国人犯罪の取締への尽力、「日系人」の導入経緯とその後の問題、そして「在日」問題への政策提言とそれの実現が主な内容である。
評者は、著者を、入管政策の第一人者として高く評価してきたところ、本書では、著者のこれまでの取り組みと情熱が極めて分かりやすく述べられている。特に、外国人犯罪は、日本が多民族国家化への道を進むとすれば、国民の悪感情の増大につながり、その阻害要因になる意味で、徹底した取締を行っており、その体験談が記されているのは極めて興味深い。
また、「在日」問題については、著者の政策提言論文である「坂中論文」の誕生の経緯と、その後の展開が記されており、極めて興味深い。重要な点は、著者は、行政官として純粋に、当時の入管が回避してきた分野で政策提言を行い、結果的にそれが未来を見通したものであったため、「後から」採用され、実現してきたことだ。「在日」イデオローグの「坂中論文」へのアレルギー的反応に対して、著者も「自分の未来を決定できないもの」として批判しているが、まさにその通りである。
さらに著者は、今後日本が「人口減少社会」を迎える中で、移民政策の重要性が増す中、移民の「パイオニア」としての在日の意義を提唱している。これは評者もかねがね述べてきたことで、大いに賛同するところである。しかし、当の「在日」が一切こうした未来志向の方向性を打ち出せず、当事者ではない著者が「考えている」のは、ある意味で深刻である。
ただ、詳細には述べないが、今後の日本の移民政策を考えるに当たっては、問題のある箇所も多く、逆説的に、その課題が示されたといえる。評者としては、著者のこれまでの仕事に大いなる敬意を表した上で、その未完の仕事を批判的に継承する、という実に重要な課題が改めて明らかになった。