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定価 : ¥ 1,470
販売元 : 新潮社
発売日 : 2003-12-17 |
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喉元に突き出されたナイフのように |
著者自身、本書あとがきや他の著作で触れている通り、弟さんを少年犯罪で亡くし、お兄さんは統合失調症に苦しんでいる。「こうした経験があったからこの本が書けた、ということはない」(p251)としても、なければ書くのが難しかったのも事実だろう。心無い言葉と思われるかもしれないが、その立場が、ある意味で著者を守護している。実際、著者の議論にわずかの疑義を提起するのでさえ、どこか気後れを感じる。読者としては、そこが苦しい。
裁判における責任能力の扱いに大幅な改善が必要である点は、その通りだと思う。深刻な事件を起こした者が短期の入院等を経て「野に放たれる」のは、どう考えても不条理だ。人格障害概念等の抜け道で事態を糊塗しようとする動きも、姑息としか言いようがない。
しかし例えば、「スウェーデンでは1945年の段階で心神喪失‐心神耗弱規定が削除されたのに、ほとんどの法曹人は知りもしない」と著者が苛立って見せるとき(p135)、私は危うさを感じる。個々の条文の意味は法体系全体、さらには社会の歴史や慣習の文脈に置かなければ、本当には評価できない。スウェーデンにおける優生学の伝統との関連性は、やはり要検討ではないか。また、同国では犯罪報道は匿名のはずだが、それはいかなる思想的基盤に立ってのことか。
本書は先駆的著作として貴重な事例に富み、喉元に突き出されたナイフのように読む者を立ち竦ませる。しかし自分の主張を一度は相対化してみる等の慎重さに欠け、敵対陣営の描写はほとんど戯画の域に達している。情念の深さは認めるにしても、思想的に同じだけの深さに達しているとは思えない。また陪審制導入に関する記述(p187)は予想として外れたし、判断としても議論の余地があると私は考える。
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悪いことをやった時、無視される、ということ |
要は、どうすることもできない、宙を浮いた恐ろしさを教えてもらった本。
以下は、間違ってるかもしれないけれど、
精神的に病んでたから責任能力はありません、と刑が軽くなる、
というのは、なんとも寂しいことだ。且つ、屈辱だと思った。この本で。犯罪者にとっては年々沁みて行くのではないのかと思う。特に晩年は。
何も言ってもらえない、というのは無視と同じことだとおもう。
この場合の、無視されるというのは私として、どういう事なのかというと、
犯罪者に関心がない、犯罪者のこれからは、なんとも思われていないということ。
すごく、心が寒くなった。なぜだろう、遺族側にすれば裁きの無念さも重なって、
より残酷な罪を犯しているのに。
けれども、一番、究極残酷な刑でもあるのかもしれないとおもった。時間はかかるけど。
屈辱とは、まさにこの事だと思う。
(放たれる側は、たまったものではないけれど、それでも、できるだけ、寄り添ってと思う。
しかし矛盾した考えかもしれないが、刑法39条の映画を見ているだけに、どうなのか疑問でもあるが)。
また昔、どこかの国では一族郎党、刑に処される、という法律もあったみたいだけれど、それもうなづける。
でも結局、親に問うても、年齢的にも死なばもろとも、なのかもしれないなぁと(世間の下手な責め方もあいまって余計、子供を犯罪者にしてしまったところを、さらにプライドを傷つけられて…)、
感じる気持ちが強くなってしまった本だった。
要は、どうすることもできない、宙を浮いた恐ろしさを教えてもらった本。
もちろん、怖いけど(誰でも病むし)やっていこうという、これからの励ましと元気ももらった。
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世界一犯罪者に優しい国・日本 |
一般国民は、本書に書かれてある日垣氏の主張を読んでも特に変わった事を言っているとは感じないであろう。
「違法薬物である覚醒剤を使用しての殺人が普通の殺人より罪が軽くなるのはおかしい」
「計画的で冷静な殺人は死刑でも、通り魔的無差別殺人なら心身喪失で無罪というのは理不尽」
「その諸悪の根源は刑法39条。よって39条は削除すべき」
というような主張だ。
日垣氏は正論を言っているに過ぎず、市井の人の常識からいえば至極真っ当な意見を言っているだけである。
ところが、法曹界ではこの主張が異端となり、刑法39条改正はタブー視されている。
法曹界というところが、いかに浮世離れし、一般社会の感覚から乖離した村社会かがよくわかる。
人権派と呼ばれる似非弁護士がなぜ39条改正に反対するかというと、39条を利用して凶悪殺人者を無罪にするという彼等のお仕事(既得権益)を守るためである。
被害者の事などまるで考えていない。裁判は言葉遊びのゲームだと思っているのだろう。
その結果、毎年100人以上の凶悪殺人犯が無罪となり、野に放たれている。アフターフォローもなく、後は再犯で新たな被害者を待つばかりである。刑法39条の大暴走、大安売り状態だ。
まったく日本という国は犯罪者天国である。
どんな凶悪な手口で何人殺そうとも「神の声をきいてやった」と言えば、無罪または罪を軽減されるのである。
「心神喪失」という言葉を聞くと、法曹関係者、政治家、マスコミは思考停止に陥ってしまう。非常に恐ろしい事である。
現職の法曹関係者には何を言っても無駄である。彼らは六法全書の中にしか世界がない。
これから法曹関係・マスコミを志す人や法学部の学生に是非本書を読んで欲しいと思う。日本の司法を変えて欲しい。
これ以上、刑法39条によって泣き寝入りする被害者を増やしてはならない。
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凶悪犯罪者には天国、被害者には地獄である日本 |
私は映画好きですが、ホラーやサイコは嫌いで殆ど観ません。しかし本書の内容は、サイコホラー以上の凄惨さがありました。途中で何度も投げ出したくなりましたが、読むことに義務感を感じたため、何とか最後まで読み終えることができました。
まず、本書で取り上げられた凶悪殺人の、あまりの残忍さに吐き気を覚えます。こうした残忍な手口で平然と人を殺せる奴が、同じ人間だとは思いたくありません。しかし殺人の手口以上に恐ろしいのは、こうした凶悪殺人者が「心神耗弱」の名の下に無罪放免され、毎年100人以上が社会に舞い戻って来る現状だと言えます。
本来なら何より尊重すべき犯罪被害者の権利を、これほど軽視する国も珍しい。被害者の権利を事実上無視し、凶悪犯を免罪するだけの「心神耗弱」とは一体何か。この答えを得るために10年以上を費やしたと著者の日垣氏は述べられていますが、日垣氏のような人がいなければ、本書にある事件自体が闇に葬られてしまうでしょう。
時代錯誤の刑法39条のもと、凶悪殺人の度に精神鑑定や定義の不明確な「心神耗弱」という言葉を乱発する現状は恐ろしい限りですが、精神障害犯罪者専用の収容施設が全くなく、罪なき人が新たに生命の危険に晒される現状も恐ろしい限りです。
結局、諸悪の根源である刑法39条は、精神鑑定医や弁護士の既得権を保護するだけです。しかし彼らは、こうした措置が逆に、犯罪被害者の権利を踏みにじり、精神障害者への差別を助長することを無視しています。こうした現状を打破するためには、国民と精神障害者がともに声を上げ、世論を形成する必要があります。そのために何ができるのかなど検討もつきませんが、まずは本書を読んで、あまりに酷い司法の現状を理解する必要があると思います。是非一人でも多くの人に読んで頂きたい。
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心神耗弱 |
心神耗弱を理由に刑の軽減を見とめた刑法39条。心神耗弱による減刑の問題点を突いた書。
鑑定した者の考え方、立場などによって180度変わってしまう精神鑑定の危うさ、自ら進んで行った麻薬・飲酒などによるものまで減刑対象となってしまう理不尽さなどから始まり、一見、人権派を装いながら実のところそうした心に病を抱える人間を「半人前」と差別してしまっている鑑定人・弁護者・裁判官など、「心神耗弱」という理論の問題点を分かりやすく解説している。そして、その上で掲げる提案も極めて明快であり、建設的だ。
言われてみると至極当然のように感じることではあるのだが、それがタブーとなっている状態とは何だろう?