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人気ランキング : 87016位
定価 : ¥ 1,050
販売元 : 新潮社
発売日 : 2005-09-21 |
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虚しくなる航空機事故のドラマ |
本書に書かれている航空機事故は著者が選んだものであるが、実際はこの他にも沢山あるわけで、どれもが虚しくなることばかりだ。
第1章に登場する例の日航ジャンボ機墜落事故に関しては、これまで多くの書物が出ており、その事故要因についてはそれぞれに意見が分かれる難解な航空機事故だ。著者が要因に掲げている「フラッター現象説」もあまり強い仮説とは思われない。圧力隔壁の損傷があったのは事実で、そのことに対する分析力が不足しているからである。
本書の中に出てくる航空機事故のドラマとして私が一番印象に残ったのは、世界最悪の犠牲者を出したテネリフェ島のジャンボ機衝突事故だ。本の中に書かれているドラマの描写は、まさにその現場に読者を吸い込ませる力のある展開だ。この事故は明らかに人間どうしが犯したものであり、読んでいてとても虚しくなった。
また、航空機事故調査に関しては、これまでのやり方に疑問を投げかけてあり、今後の航空業界にメスを入れた書として大切にしたい。
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「失敗」を追及する1冊 |
航空史上に残る8大事故について、なぜ、どういう経緯で発生したかを分析した1冊です。
例えば、1985年の日航機123便の事故については、かなりの数の本が出版されてきましたが、それぞれの著者の思い入れ、主張、感情が強く出ていて、ヒューマンストーリーというか、ちょっと読むにはヘビーなものとなってい勝ちです。それと比べると本書は、あくまで冷静な一つの姿勢「事故は、なぜ起きたか? その時、当事者はどのように行動したか? 事故後、どのような対応がなされたか?」が貫かれています。
特に印象に残ったのが、不十分なコミュニケーションにより発生した大事故。命には関わらなくても、どこの会社でもあることです。十分な意思疎通をしないまま進めてしまい、ある人とある人の仕事の境界部分でミスやモレが発生し、しかも発覚するのは、かなり後になってから。。というパターンです。ひどい場合は、お互いに中身を理解せずに「表面的な情報伝達」に終始し、別の人が事態収拾ということすらも。
航空業界は、新技術の導入による華々しさと、大事故の発生とが、常に隣り合わせです。亡くなられた方には大変申し訳ありませんが、起きてしまった事故に押しつぶされず前進を続けた、航空業界の人々のたくましさも感じることができました。
それから気になったのが、著者の年齢です。1934年生まれで、1950年代の終盤からパイロットとして、旅客機運行時代の黎明期から見続けた方です。普通、これより後の年代の人でも「体は一応元気だけど、もう頭脳活動は停止している」方がたくさんいます。周囲からの新しい情報を拒絶し、いつの間にか自分の昔話とか人生哲学に話題を変えて、数通りの話を脈絡なく繰り返すだけの人が大勢います。それと比べると、「この年齢で、こんな本がかける人がいるんだ」という、人生のお手本になります。(著者の意図する所でないでしょうが)
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迫真のドラマを読むことができる |
著者は元日本航空パイロット、現在は「日本乗員組合連絡会議」事故対策委員。
日航ジャンボ機123便が御巣高山に墜落して20年が過ぎた。乗員乗客合わせて520人が死亡したあの事故の記憶は20年経っても色あせず頭に残っている人が少なくないはずである。そして、あの事件が事故調査員会によって圧力隔壁の破壊によって起きたのだということも(少なくてもそのように報道されていることも)。著者は、ジャンボ機墜落事件の事故調の発表に疑問を呈する著作を既に上梓しているが、今回は、あの1985年の事故に加えて、他に7つの有名な航空機事件を取り上げ、その原因を解説する。そしてそこから、いかに日本の事故調査委員会が原因究明とその対策に遅れているかを明らかにする。
さらに、様々な航空機事故の描写は迫真に満ち、読んでいて手に汗を握る。
1977年スペイン領テネリフェ島で起きたジャンボ機衝突事故(583名死亡)、1989年アメリカ、スーシティ空港で起きたDC-10旅客機不時着、1994年中華航空140便A-300機墜落事故などではボイスレコーダーに操縦席での会話が残っている。事故に至るまでの乗員たちの懸命な努力の描写は胸を打つ。
各事故の調査報告書を踏まえて、著者は自身のパイロットの立場と論理的推論を加えて、事故の真相究明と人間はミスを犯すという前提での対策を立てることが新たな事故を防ぐと主張する。我が国の事故調査報告書や報道を見ると、推論の過程が科学的でないばかりか、事故を個人の資質・責任に帰することが多く、真の解決を図るための指針になり得ていないことがわかる。思えば、日航機事故も日航の抱えた体質・構造的問題が事故を起こすような整備不良を呼んでいた。
尚、日航機事故における著者の仮説などは他の類書と合わせて検討が必要であることは言うまでもない。